結論から言うと、忘却曲線が示しているのは「何日後に何割を覚えているか」ではなく、「覚え直すときにどれだけ手間が省けたか」の変化です。そしてその値は、覚えた直後にいちばん大きく下がり、そのあとは下がり方が緩やかになります。英単語に置き換えれば、覚えたばかりの単語ほど早めにもう一度出会う必要があり、定着してきた単語は間隔を広げて見直せばよい、ということです。この記事では、エビングハウスの実験と、2015年にその実験を再現した追試の論文を読みながら、忘却曲線が何を示し、何を示していないのかを整理します。忙しい社会人向けの覚え方全体は社会人の英単語の覚え方にまとめているので、ここでは曲線そのものを詳しく見ていきます。
要点
- 忘却曲線の縦軸は「覚えている割合」ではなく、覚え直すときに省ける手間を表す節約率です。
- 2015年の追試でも、節約率は20分後の約47%から1日後には約32%に下がり、その後は緩やかに下がりました。
- 覚えたばかりの単語は早めにもう一度見て、定着してきたら間隔を広げて見直します。
忘却曲線とは何か
ドイツの心理学者ヘルマン・エビングハウスは、1880年と1885年に、自分自身だけを被験者にした記憶の実験を発表しました。彼が使ったのは、意味を持たない音節を13個並べた列です。これを正しい順番で言えるようになるまで繰り返し覚え、しばらく時間をおいてから、もう一度覚え直すのにどれだけかかるかを記録しました。時間の間隔は、20分、1時間、9時間、1日、2日、6日、31日の七つです。この結果を線で結んだものが、いわゆる「忘却曲線」です。
意味のない音節をあえて使ったのには理由があります。追試の論文によれば、エビングハウスは詩の一節なども試しましたが、呼び起こす意味やイメージにばらつきが大きく、測定の誤差になると考えました。すでに知っている単語や意味のある文章では、記憶に文脈やイメージといった手がかりが加わります。無意味な音節にはそうした手がかりがないため、時間の経過だけで記憶がどう変わるかを観察しやすくなります。英単語は意味を持つ言葉なので、曲線の数値がそのまま当てはまるわけではありませんが、「時間とともにどう忘れていくか」の基本的な形を知る手がかりになります。
節約率とは何を測っているのか
忘却曲線の縦軸は「覚えている割合」ではなく、「節約率」です。これは、最初に覚えるのにかかった手間と比べて、覚え直すときにどれだけ手間が省けたかを表す数値です。追試の論文では、次のような例で説明されています。ある列を覚えるのに25回の反復が必要だったとして、1日後に覚え直すときには20回で済んだとします。省けたのは25回のうちの5回なので、節約率は20%です。覚え直しに最初とまったく同じ手間がかかれば節約率は0%、まだ完全に覚えていて覚え直す必要がなければ100%になります。エビングハウス自身は、反復の回数ではなく、かかった時間で節約率を計算しました。
この測り方の利点は、「覚えているか、忘れているか」を本人の感覚で判断しなくて済むことです。すっかり忘れたように感じても、覚え直すと最初より早く覚えられるなら、記憶の一部は残っていたことになります。日常の英単語学習でも、「思い出せない」ことと「まったく残っていない」ことは同じではありません。一度覚えた単語は、見直したときに初めてのときより早く定着し直す可能性がある、というのが節約率の考え方です。
130年後の追試で何がわかったか
一人だけの記録では、偶然の結果である可能性も残ります。そこでアムステルダム大学のヤープ・ミュレとユーリ・ドロスは、エビングハウスの方法をできるだけ忠実に再現し、2015年にPLOS ONEで論文を発表しました。被験者は共著者のドロス一人で、およそ70時間をかけて、無意味な音節の列を覚えては、同じ七つの間隔で覚え直しました。論文の表には、エビングハウスとドロスの節約率が並んでいます。
| 経過時間 | エビングハウス | ドロス(2015年) |
|---|---|---|
| 20分後 | 約58% | 約47% |
| 1時間後 | 約44% | 約37% |
| 9時間後 | 約36% | 約28% |
| 1日後 | 約34% | 約32% |
| 2日後 | 約28% | 約23% |
| 6日後 | 約25% | 約17% |
| 31日後 | 約21% | 約4% |
ドロスの値は全体にエビングハウスより低めで、31日後の差はとくに大きくなっていますが、覚えた直後に大きく下がり、そのあとは緩やかに下がっていくという形はよく似ています。論文は、エビングハウスの忘却曲線は再現されたと結論づけています。あわせて、曲線は完全になめらかではなく、1日後の時点で値がいったん上向く「跳ね上がり」がある可能性が高いとも述べています。ドロスの記録でも、9時間後の約28%より1日後の約32%のほうが高くなっています。この点を睡眠の影響と結びつける研究者もいますが、論文は、それだけで睡眠が原因だとは結論できないとしています。
忘却曲線についてよくある誤解
忘却曲線は、「1日たつと覚えたことの7割近くを忘れる」といった形で紹介されることがあります。しかし、ここまで見てきたとおり、縦軸は覚えている割合ではなく節約率です。1日後の節約率が約32%というのは、「覚え直すときに、最初に比べて約32%の手間が省けた」という意味であり、「単語の32%しか覚えていない」という意味ではありません。節約率と、実際にどれだけ正しく思い出せるかの関係は、追試の論文でも別の問いとして扱われています。
もう一つの誤解は、この曲線の数値をそのまま英単語に当てはめてしまうことです。実験で覚えたのは意味のない音節で、被験者はそれぞれ一人です。意味や文脈を持つ英単語が、同じ時間で同じだけ忘れられるとは限りません。忘却曲線から読み取れるのは、「何日後に何割」という具体的な数字よりも、「覚えた直後がいちばん大きく下がり、その後は緩やかになる」という形のほうだと考えるのが妥当です。
曲線の形から考える復習のタイミング
曲線の形からわかるのは、覚えてすぐの時期に下がり方がもっとも急だということです。ドロスの記録では、20分後の約47%から1日後の約32%まで、1日足らずで15ポイントほど下がりました。一方、1日後から6日後までの5日間でも、下がったのは同じく15ポイントほどです。忘れるペースは、時間が経つほど落ち着いていきます。
このことから、覚えたばかりの単語はあまり間を空けずにもう一度目にし、何度か思い出せるようになった単語は間隔を広げていく、という順番が理にかなっていると言えます。これが間隔反復(スペースド・レペティション)の考え方で、間隔を空けた学習の効果を示した研究は社会人の英単語の覚え方で紹介しています。ただし、何時間後や何日後に見直すのが最適かは、単語の難しさやすでに知っている度合いによって変わり、忘却曲線そのものが決まった日程を示しているわけではありません。単語ごとに適した間隔を手作業で管理し続けるのは、紙の単語帳では現実的ではありません。
復習のタイミングをアプリに任せる
Watch Your Languageは、スマート・レペティションのアルゴリズムで、覚えたばかりの単語とよく覚えている単語とで表示される間隔を変え、覚えるまで同じ単語を繰り返し表示します。iPhoneのロック画面・ホーム画面のウィジェットとApple Watchの文字盤のコンプリケーションに単語が表示されるため、復習の日程を自分で組まなくても、画面を見る何気ない瞬間がそのまま復習の機会になります。英単語が覚えられない原因については英単語が覚えられない原因と対策、語源を手がかりにした覚え方は英単語を語源から覚える方法もあわせてご覧ください。
忘却曲線は、130年以上前に記録され、2015年にも再現された、記憶についての基本的な性質です。特別な勉強法を知らなくても、覚えた直後に早めにもう一度出会い、その後は間隔を広げながら思い出す機会を作るという流れを守れば、曲線の形に逆らわずに単語と付き合えます。あとは、そのタイミングの管理を、日常の中で無理なく回る仕組みに置き換えるだけです。
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